那須岳


甘露の光明に守護される 埼玉県鴻巣市在住 S・Oさん(男性)
   私の後半生は病との闘いに明け暮れていると言っても過言ではありません。その私がある日を境として見違える程元気になることが出来ました。 私は平成七、八年頃から体調を崩し始めましたが、元来病院嫌いの私は、買い薬等で何とか我と我が身をだましだまし過してきました。
しかし我慢も限界に達したので、平成十年春、初めて伊奈のがんセンターを訪れましたが、無常にも即座にガンであることを告知され、打ちのめされたような気持ちでした。
 同年五月、開腹手術を受けましたが、直腸とS字結腸及び胆のうが摘出されるという八時間に及ぶ大手術となり、一ヶ月有余の入院となりました。小康状態を保つことができたのも束の間、翌平成十一年七月、今度は肝臓に転移したガンの摘出手術を受け、四十五日間もの長期入院となりました。その挙句、肝臓ガンの再発を抑制するため、抗がん剤点滴を二週間隔で二年間、回数にして五十四回も受ける憂き目にあったのです。悶々とした苦悩が昂じせいか、平成十二年秋には急性胃潰瘍で八日間の短期入院もありました。この間の妻の苦労は並大抵のことではなかったものと思われます。私にとっての身上は、家族にとっては事情とも重なってダブルパンチとなり、我が家にとっては大きな身上が暫くの間続きました。当時のことを思い出すにつけ、私は大きな心得違いをしていたことに気付き恥ずかしい思いでいっぱいです。
 平成十一年三月、私の発病が元で妻は入信しました。同時に私も入信し、年会費だけ納めてきましたが、これは全くの名目会員に過ぎませんでした。 私のための身上祈願も妻に任せっぱなし、妻の懸命な努力によって親神様からご守護を頂いても、ろくな感謝の心も持たず、ただその場しのぎの心で通っていたものと思われます。この二度の生死にかかわる大病も親神様のお手入れとしての思惑身上だったのです。しかし、その当時の私はこの身体が神からのかしものかりものなどとは夢にも思っていませんでした。徒に我が身の不幸を嘆くばかりでした。
 そして平成十三年九月、三回目の発病です。それは前立腺の裏側にできたガンであり、場所が悪いため外科手術をすると、前立腺はもとより膀胱までそっくり切除しなければならないという大変厄介なもののようでした。 担当医も外科手術に対しては消極的であったように見受けられます。そうした或る日、私は久しぶりに従兄の家へ遊びに出かけました。 そこは私にとっては本家筋に当たる家ですが、人が集まり易い家なのか人の出入りが多く、よく人の集まる家なのです。その日も三人ばかり先客がありましたが、申し合わせたようにこのみちの熱心な信徒さんばかりでした。私の話にも一応耳を傾けてはくれましたが、病気や手術のことに対してよりも口々に「甘露水を貰いなさいよ」
というようなことを言われ、熱心に甘露水拝戴を奨められたのです。そうこうしているうち、大先輩の信者さんから「医者の手余り神が救ける」と言われ、この一言が効きました。
 おたより集・地の巻・第四号五十三には
「にんげんの心しんじつうけとればいしやのてあまり神がたすける」とあり、「医者の手余りといえば捨てもの同様である。それを救けるのが教えの台という」とおさしずにも示されています。この一言が私の入信の決め手となりました。そして前途に光明を見出した思いがいたしました。
平成十三年十月十三日、私は初めて所属している地区教会の月次祭に出席させて頂き、このみちに縋ってみようと一大決心を固めることができました。 我ながら驚く程の心境の変化を遂げることができたのであります。結局私は三回目の外科手術は避け、次善の策として放射線治療を受けることになりました。 この治療は土曜・日曜除きで連続三十三回も行われましたが、これが見事に的中したようです。
同時に私は甘露水拝戴のための教理の手ほどきを受けることになりました。午前中はがんセンターで放射線治療を受け、午後は地区教会で教理の勉強を受けるという具合の日々でした。古い時報もまとめて読みました。 ある本部勤めの先輩信徒さんからは「立教五十年の歩み」を貸して頂き、教理教義を理解する上で大変役に立てることができました。地区教会の所長さんによって神意伺いもお願いし、私には頼っている霊があることを知らされました。私の病気はまさに因縁による身上でもあったようです。
 私は妻と一緒に七日間の霊に対してのおわびをさせて頂きました。その霊の方の月命日には墓参りもさせて頂きました。
所長さんの口を通しての神様のお言葉は「今まで何度も痛い目にあわせても分かって貰えなかった。これでよい。今回は切らなくても済むよ、もう切らなくてもよい」というような大変有難いお諭しを頂きました。有難いうれしいことは続きました。そしてそのことは今も続いています。
このようにして私はガンと戦いながらも順調に事が運び、平成十三年十二月十六日、甘露水を頂くことができ、入込社の仲間入りを果たすことができました。
 その日那須地方は夜来の雪が降り積もっており、私にとって初めてのご聖地は、本部神域あたり一面雪景色。折からの朝日に照らし出された景観は荘厳そのものでした。 この大自然のなせる業にまず感謝しながら、私は心まですっかり清められる思いでした。この平成十三年十二月十六日という日が、私のおうかんみちにおける元一日になったということであり、私には生涯忘れ得ない大切な日となりました。この日、私にとっては信じられないような出来事がありました。
実はこともあろうに前の晩、患部周辺からかなりの出血があったのです。しかも二度目の出血は明け方近くのことでした。このため当日の朝はとても不安になり、妻に付き添って貰うことになりました。しかしそれは杞憂に過ぎませんでした。
その日一日再出血は全く見受けられず、特別な痛みもなく、むしろ快適な気分で過ごすことができたのです。
そしてこの日を境として、私の体力は見違える程回復し起死回生を果たすことができたのあります。
その後の定期的なCT検査でもガン細胞はその都度小さくなっているではありませんか。出血も全くありません。採血検査の結果、腫瘍マーカー等も安定しています。体力も日増しに回復し、体重は最悪時より十五キロも増えました。抗ガン剤等錠剤こそは毎食服用していますが、病院通いも八週に一度で済むようになりました。
そして何よりも有難いことには、私自身が精神的にすっかり立ち直ることができたということです。精神的な立ち直りによってガンとの共生を受け入れることができたということです。私は甘露水拝戴後わずか一年足らずの間に、奇跡としか思われないような数々のご守護を頂いたことを確信 しております。
 今はひたすら親神様に対して報恩感謝申しあげると共に、私をお導き下さった周囲の皆様に対して心よりお礼を申し上げたいと思っております。私は今、心身共に充実しているつもりです。五月から始まる教義研修が今から楽しみです。私はお借りしたこの身体をこれ以上粗末にしないよう精進し、これからの余生を少しでも意義あるものにしたい所存です。


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